月刊誌 進KA ~ 住みたくなる ずっと 住み続けたくなる 上総安房 ~

住みたくなる ずっと 住み続けたくなる 上総安房
  • 2017年5月号 で絞り込み
  • 廃校が新たに紡ぐ人々の思い

    廃校が新たに紡ぐ人々の思い

    「コミュニティ」の再定義を考える

     誰しも記憶の奥深いところに、私だけの母校がある。保育園、幼稚園、小・中学校、そして高校。幼少期から思春期にかけて毎日通った学び舎は、友人との出会いや人格の形成に大きく関わるだけでなく、「地元」や「地域」を形作る中心的な役割を担っているのではないだろうか。
     戦後、高度経済成長期にかけて各地に建てられてきた学校が、今少子化にともなって長い歴史に幕を閉じている。地域に暮らす人々の思いが集積した場所を失うことは、頭で考える以前に端的にもの悲しい。しかし、その一方で廃校となった施設を野放しにして廃墟と化すのを待つわけにもいかない。廃校には解体という後始末がつきまとう。そしてその解体には多額の費用がかかるのだ。
     そんな背に腹はかえらない地域の期待を背負う中、ここ数年安房(南房総)で廃校となった3つの小学校が、新たな機能をもつ施設として生まれ変わっている。これを実現する人々の思いとその手法に耳を傾けたい。
  • 鳥塚 亮  × 鴇田 英将

    鳥塚 亮  × 鴇田 英将

    株式会社いすみ鉄道 × 亀山温泉ホテル

    万年赤字で廃業寸前だったいすみ鉄道を地域に欠かせない観光資源へと再建させた鳥塚亮社長と、1930年から続く亀山温泉ホテルの若旦那として旅館経営とともに地域活性化へ奔走する鴇田英将さん。
    鴇田さんの「鳥塚社長に会いたい」との思いから実現した対談。鴇田さんが観光や地域を活性化させる新たな一手を打つための考え方やアイデアを鳥塚社長から聞いた。
  • 青木繁「海の幸」ゆかりのまちづくり

    青木繁「海の幸」ゆかりのまちづくり

    NPO法人安房文化遺産フォーラム

    1904年の夏、22歳の青木繁は友人や恋人とともに布良の小谷家を訪れ『海の幸』を制作した。襖一枚ほどの横長のキャンバスに、漁師たちの活気ある姿が力強く描かれたこの作品は、小谷家に滞在している40日の間に作られている。
    布良と相浜という2つの漁村集落からなる富崎地区に小谷家は建っている。以前は漁村として多くの人で活気のあった地区だったが、近年少子高齢化が特に顕著なエリアだ。地区に唯一存在していた小学校も休校となった。
  • 人と人とがつながる「あったか」富津

    人と人とがつながる「あったか」富津

    NPO法人オール富津情報センター(AFICC)の取り組み

    AFICC(オール富津情報センター)が4月に観光案内やサテライトオフィス誘致の拠点となる金谷ステーションを立ち上げた。これで、一足先に2月に立ち上がったイオンモール富津内にある「富津ステーション」との2拠点体制が完成した。それに「地域情報総合プラットフォームシステム」であるLIIPS(リープス)を加えた3つが活動の柱となる。
     今後の富津市の活性化において重要な役割を担うであろうAFICCの取り組みをまとめてみたい。
  • ローカルヒーローを活用した町興しの実践と今後の可能性

    ローカルヒーローを活用した町興しの実践と今後の可能性

    川井 芳文

    房州ライデンマルの前身であるライデンマルは、浅草発のご当地ヒーロー。外国人にも受けるようにと、コスプレや漫画といった手法を意識した勧善懲悪の戦隊ものとし、シーズン1・2合わせて全26話を、チバテレやネット配信で放送した。既に観光地として確立していた浅草では、何もしなくても国内外から観光客が押し寄せる。本当のミッションは、こちらから手を打たなければ観光客が来ない街から発信することだと考え、鳳神ヤツルギシリーズを上総エリアを中心に展開。13話×5シーズンでローカル企業を巻き込みつつファンや共感する企業を増やしてきた。彼らが次に目をつけたのが安房地域(房州)だった。ここではどんな展開が繰り広げられるのか。渉外担当取締役の川井芳文さんは語る。
  • 努力に勝る力なし

    努力に勝る力なし

    プロレスラー・プロモーター 大和 ヒロシ

    中学一年の時、先生に反抗し仲間もまるでできずにいた。学級崩壊の張本人となり、クラスや学校に迷惑をかけた。中学二年になって、やっと心を許す仲間ができた。その頃夢中でやっていたスーパーファミコンが、たまたま全日本プロレスのゲームだった。
     友達と遊びの中で関節技をかけ合い始めたのが大和ヒロシのプロレスの始まりである。そのころTVでやっていた全日本プロレスの中継で、軽い階級の選手のスピーディーな試合に感動した。
     高校はレスリング部のある君津青葉高校に進学。土日には強豪校に出稽古にいくなど、夢中で取り組んだ。レスリングに打ち込むには周りの人、大勢の力をいただいている。自分が一心に走って、もしレスリングが続けられなくなったら親にも迷惑をかけるとの思いから、測量士、販売士などの資格を取った。
  • 俺が畳を世界に連れてってやる

    俺が畳を世界に連れてってやる

    株式会社 畳deCo物 飯島 義紹

    畳の材料であるイグサや縁(へり)と、掛け軸、着物、刀のつか(持ち手)とを組み合わせた、オリジナル小物メーカー株式会社畳deCo物の作り手であり、代表取締役を務める飯島義紹さん。畳業界に長く身を置き、人に触れられてこそ畳は生きることを肌で理解している。
    大工が使いたがらない、価格競争、畳文化を育んできた日本ですら、普通にしていては生き残れない。
    畳の材料商に11年勤めるなかで、数々の不正を目の当たりにしてきた。畳屋はみんな業者やお客の言いなりで、何の主張もしないし何にも言い返せない。嫌気がさした。畳なめんなよ。ムカつくから住宅メーカーとは組まない仕事をしようと志した。

畳deco物新都 鰻 和田鳥塚 亮 × 鴇田 英将